バーチャロン

ネットでの活動が稀薄になるのはリアルが充実してる証拠だから、心配する必要ないんじゃない?なんて言ってたのはテキストサイト全盛の頃のことです。

当時はSNSなんてものはなくて、ブログなんてのも一般的ではなくて、パチパチとただテキストエディタなりエディタなりで制作したHTMLファイルをFTPやらSCPやらでサーバーにアップしてたのを思い出します。
やってる当人からすればそれすらも楽しみの一環だったんですが、傍から見ればひたすらに面倒な作業に映ったかもしれませんな。
思えば今のケータイメールですら更新可能なサイトなんて、想像の外のツールでしたしね。

そんなことはさておき、冒頭の「ネットでの活動が稀薄になるのはリアルが充実してる証拠」というのに我ながら疑問を抱くようになりました。
というのも最近更新が滞るのは、リアルが充実していたというよりもただひたすらに疲弊していたからにすぎず、多忙を言い訳にして一切の創作を放棄していたからに他ならないからです。

随分と長いことクリエイティブに関わってきましたが、オンとオフの両面でクリエイティブから外れたのは久しぶりで、正直なところどう復帰したらいいのかが分からなくなっていました。

表現したいものがなくなったわけではないのに、表現する場所は自らの手で確保しているのに…。
シャッターが切れない、キーボードが叩けない…。
オレの中の創作の泉が枯れたのかと、ひやひやしています。

まぁ、じきになんかやる気になるとは思いますけどね。
いつものように。

オトナじゃないよオヤジだよ

大人になることは、老いにつながるのかもしれません。

がむしゃらに力いっぱいやってきたことが、年月を経ることで体得したコツによってその半分の力も入れずにこなせてしまうことってあると思います。
もちろん、そこで温存した分は他のことをこなすわけですが、それにしたってがむしゃらで100パーセント以上の力を出しているのとは違って、80パーセントも出し切れればマシだったり。
こなせる量としては150とか200パーセント近いものがあってもどこか釈然としない思いにかられるわけです。
実績としては従来のそれよりもはるかに残せるので、こういうのもおかしな話ですが、それで精一杯やれているのかなと…。

オレ自身はあまり賢い方ではありませんし、ガキの頃から何かに賭けてきたタイプでもありません。
それにしても、自分の得意分野というものを手に入れてしまった今、オレはこれでいいのかどうか不安になるのです。
楽をして多くをこなすことが悪いわけはないのですけど、どこか違和感を覚えて仕方ないのです。

努力と根性は嫌いな言葉と公言するオレが、こんなことを考えるなんてどうかしてますかね。
ヤキが回った…のかもしれません。

砂浜の硝子

砂浜の硝子

砂浜で宝探し。

かつての上司

「お前、背ぇ伸びたんと違うか?」
丸1年ぶりに再会して一言目がこれでした。
三十路を越えたいいオヤジが縦に伸びるはずもなく、同じフロアで仕事をしていた頃のようには見慣れなくなったせいなんだろうと思いますが…。

還暦過ぎとは思えない食欲で、2人で入った焼肉屋でランチを2人前ずつ平らげて、スタッフが目を丸くしていたのが印象的でした。
脂の乗った肉を焼きながら、昔の話やら昔の仲間の近況やらくだらない話とビジネスライクでちょっと耳に入れてはいけない種類の黒い話を織り交ぜた、親子の対話は実に有意義で心地いいものでした。

これだけ扱いにくい、オレみたいな跳ねっ返りをいつまでも優しく見守ってくれる「お父さん」がここにもいました。

オレは随分と幸せ者です。
うん。

リミット

自分のリミットがカチリとはまってみて感じることがあります。
自分がいかに無駄なことをしてきたのか、そしてその無駄がどれだけの副産物をもたらしてきたのか。

そう、無駄なことを無駄なままに捨ててきた覚えはオレにはありません。
オレにとって、周囲に無駄と映る行為や時間もまた、何かを生み出す為に必要なものだったのだと胸を張って言うことが出来ます。
たとえ、その結果が実を結んでいなかったとしても、次につながる何かをオレは紡いでいたのだと。

オレにとって無駄であっても、後続にとっての無駄は何一つしていないと言う自負があります。
オレの道に標を遺した先人がそうであったように、オレの跡を誰かしらが追ってくれたときに何かが残るようにしていると。

未来を失ってみて何か達観する人も多いようですが、どうもそこに至ってまでオレはひねくれもので居続けるようです。

まぁ、まして未来を失ったなんて思ってもいませんしね。
「足掻けるところまで、醜くとも足掻いてみせる」というのはオレの台詞ではなくて、オレに未来を見せてくれた先人たちの言葉を借りただけですが。

何て言うのか、悔しいですが随分と長い時間を経てもその先人たちを越えられるとは思えません。
それが達観という名の「諦め」を覚えない理由なのかもしれません。

店を失うということ

「馴染みのお店がなくなると寂しいでしょう」
この一文にふとした違和感を覚えました。
主旨としては通い慣れたカフェやバーが閉店してしまったことを寂しいと思うということなのですが、オレ自身にとってホントに寂しい店のなくし方は別にあるなと思ったのです。

実際、愛して止まないカフェやバーの閉店には幾度も会いましたし、それがオーナーやスタッフの望んだ結果であれ望まなかった結果であれ、愛したままに別れを迎えたのはむしろ幸せだったと思うのです。
その瞬間を切り抜いた写真たちは、オレとその店の関係を雄弁に語りますし、その1枚1枚のシチュエーションをオレも好々爺さながらの優しい眼差しで話すことが出来ます。

しかしながら、かつて愛した店なりスタッフなりが変貌し、オレの意思によって足が遠退いた店に感じる寂しさと言うか切なさは全く異質のもののように思うのです。
それこそ、虚無感しか残らないとでも言うのでしょうか。
愛が深ければ深いほどに、虚脱よりもよほど酷い、ただただ真っ白な気持ちにさせられるのです。

オレがかつて愛した店に、今も常連客として通う友人もいます。
ただ、その友人たちとの関係があったとしても、その店たちのドアをくぐることはおそらくありません。
宿り木にはまっすぐ素直でありたいと望むのが信条ですから、1度離れた以上はきっとまっすぐに離れていくのだろうと思うのです。
これからもずっと。

新年イヴ

今年は昨年にも増して、内容も加速度も超ド級でした。
よくも体と心がついてきてるなと、我がことながら感心です。
でも、年頭に誓ったように、自分としては後悔ない良い年でした。
何はともあれ、そんな中でもつながっていてくれた全ての事柄と友人たちに感謝。

ありがとうございます。
ハグを交わした貴方に。
お会いできた貴方に。
メールをいただいた貴方に。
そして、まだ見ぬ貴方に。

来年もまた、シンプルに、気まぐれに、ええかっこしいで行こうと思います。
内容はより濃密に、加速度は比較にならないものになるのは間違いないですが、楽しいことをする覚悟はできました。

それでは皆さん、よい年を迎えて下さい。

給与が安くて…

こういう会話をかつてはオレもしていた覚えがあります。
ただ、自分が経営的にものを考えなきゃならなくなって、簿記を本格的に学んだ頃から、その考えが浅はかでありいかに間の抜けた本質を無視したものか思い知るようになりました。

自身の給与の出所を考えれば、自分の仕事がどれだけ売上に貢献できなければ捻出できないかは理解できるはずです。
そして、自分の給与分の仕事をするだけでは、その仕事を創出するのにかかる営業費や居場所を確保する管理費の捻出が出来ないことも、当然…。

今、オレ自身も低い給与では働いていないつもりですが、それでも時給換算すれば1000円は簡単に切ります。
でも、それだけ仕事をしなければ、自分の収入に見合うだけの売上や粗利をキープできないことをオレはよく知ってます。

給与の安さを嘆くよりも前に、ホントにそれに見合う仕事をしているのか考える必要があるんじゃないでしょうかね。

バー・ホッピング

すっかり縁遠くなりましたが、かつては日常的にコレをやっていました。
呆れられてしまうことは多々あるのですが、大した収入もない時期に随分と背伸びをして、安くもない酒で乾杯を繰り返したものです。
そんな背伸びなどしなければ、周囲のチェーン居酒屋バンザイな奴らの間に入り込んで、今とはまったく違った出会いや関係も生み出せたのかもしれません。

今にして思えば、そういった幼い飲み方をしないことで得られる色々なものを早いうちに得られたことが、自分の存在を確かなものにしてくれていると分かります。
見てはいけないもの、してはいけないこと、…そういったものも得なかったわけじゃないんですが、それをもって初めてオレは形成されているんだろうなと。

周囲の大人気ないことをする、でも本当の大人たちによってオレは大人にしてもらったんだろうなと。

温度が変わる時

人より少し足りないコで有名なオレですが、稀に自分よりも足りない上長に出会うことがあります。
当然、年齢や経験は上長が上なわけですが、その年齢や経験から導き出すものが明らかに低いレベルのものだったりするのです。
当初はたまたまそういう悪いタイミングに当たったと自身を納得させようとするんですが、それが連続して起こると話は変わってくるわけで…。

オレは学があるわけでも、華々しい経験があるわけでもありません。
しかしながら、そんな中でも少ない材料をより効果的に組み上げ、「秋」という人間を片づくってきました。
もちろん、無から有を生み出すことは出来ず、等価交換以下の錬金術を繰り返してきただけですが、それでも経験や時間の無駄遣いはあまりしていないつもりです。
それだけに潤沢な経験や時間の無駄遣いをしてきた人に対して抱く嫌悪感は並大抵のものではなかったはずなんですが…。
ここのところは嫌悪よりも、同情が先に顔を出すようです。

嫌悪にせよ同情にせよ、対象者に抱く温度の変化は相変わらず急速に極端なそれではあるのですが…。
オレの吐く「カワイソウ」という言葉に、どこか一般のそれとは違う音が混じるのはそのせいかもしれません。

デニム

夏場以外のほとんどはジーンズで過ごしています。
別に他のボトムが嫌いなわけじゃなくて、既製のチノーズやカーゴといったパンツを穿くとちょっと恥ずかしい丈になってしまうことに起因するようです。
ジーンズであれば、古着や国内ブランドのビンテージレプリカであれば、ある程度のレングスを期待できるので、ここに落ち着いたという感じです。

ただ、ジーンズが好きな理由は他にもあります。
オレには随分と歳の離れた父親がいるんですが、まだジャージを穿いて外出するのが普通だったガキの時分に彼のジーンズを穿いた姿は「ガツン」と来るものがありました。
穿き込んでいたリアルビンテージなデニムは、根性穿きなんてことをせずに汚れたら洗うを繰り返してきて、のっぺりとヒゲもハチノスもない代物でしたが、どこか着用者の雰囲気のある素直に「カッコイイ」パンツでした。
今もベストジーニストやハリウッドスターのデニム姿に惹かれることはありませんが、その理由というのが幼少の頃に見た彼のデニム姿が記憶の中で大きく強く刻まれているせいなのかもしれません。

今ではさすがにデニムを穿いた彼の姿にお目にかかることはありませんが、オレも還暦を過ぎてジーンズのハマるオヤジでありたいと願うのです。
無理でしょうかねぇ…。

生まれた日

今回のこの日の持つ意味は、いつもより深く、そして強いです。
死神の手を間近に感じながら過ごしたこの1年間。

鼓動を刻む心臓に感謝します。
「生かされているのではなく生きている」
必然の下に生きているのではなく、無数の偶然を重ねて生を紡いでいることを、今のオレは昨年のオレ以上によく知っています。
神や仏や運命などはどこにもなくて、生きると望むオレとオレの愛する人たちが引き寄せた命だと知っています。

ハッピーバースデイ。
オレとオレの愛する全ての人にいいことがたくさんありますように。
ありったけの気持ちを込めて。

隣人

近くて遠い隣国があるように、遠い隣人というのもいるわけです。
例えば、飲食店のスタッフとの会話が日本語で成り立たないとかね。
随分前からそういう環境にいることが多かった種類の人間には気にもならないことですし、オレの愛した横浜の街にもそういう雰囲気は微塵もなかったわけですが、最近はそんな雰囲気でない方と出会うことも増えてきていて…。
「来る者拒まず、過干渉せず」ってのは、横浜とか湘南・西湘あたり独特の気質なんですかね。

観光客や移民の溢れる首都で感じた寂しい空気は、どこかやり場のない塊を喉の奥に残していきました。

いつかの死

「いつかオレのために死んでくれと言う時が来たら、喜んで死んでくれるようにお前の面倒はしっかり見るから」
そんなことを言われて育った部下がオレ以外にどれだけいたかは知りませんが、きっと両手の指の数倍はいたんじゃないかと思います。
そして、その半数くらいはその言葉どおり、命を賭すに値する上長だと思っていたんじゃないかと信じています。
オレ自身も喜んで死にはしませんが、そういう瞬間が来たら「仕方ねぇな」と受け入れたんじゃないかなと思うわけです。
残念なことにそういうシチュエーションを迎えることなく、彼の人はとっとと国替えをしてしまったんですけどもね。

オレが彼の人から学んだのは、いつかそんな状況になった際に自然と命を張ってくれる部下を持つ大切さと、それを維持する困難やカリスマといったものです。
それは決して真似て身に付くものではなく、個々の想いや雰囲気に合ったものを身にまとうより他になく、いつかオレが彼の人たちに感じたものを醸せるように色々と試行錯誤を繰り返しながら進んでいくしかない種類のものですが、それを理解することが出来ただけでも彼の人のひととなりに触れたのは大きかったなと思うのですよ。

部下に命を張ってもらう上長として恥ずかしくないことをしていたい。
かつて自分の命を賭しても「仕方ない」と照れ笑いが出来た、彼らのそれを身につけるのは随分と先でしょうが、それに近しいものを少しでも身につけられたらと最近は頓に思います。

きっと、誰かの兄になりたかった気持ちがまだ燻り続けているのです。
まだ。

ストップ

トクントクンという一定のリズムにノイズのようなズレが生じることは随分と前から気づいていました。
宣告に近い言葉に絶望を覚えなかったのは、かつて愛しつながってくれた人たちがオレに刻んだ、誇り高い言葉や感触の数々の存在感がそれに勝ったせいでしょうか。
まぁ、こんなことを書けるのは、なんとか活路が見出せたからなんでしょうけども。

悔いなく眠りにつきたいからこそ、オレは自分らしく歩くのだろうと思います。
唯一無二でありたいと望むのは、自分と同じ道を歩もうなんていうキチガイじみた連中が生まれないことを望むのに似ているかもしれません。
誰しも誰かの代わりではなく、誰かを目指しこそすれ誰かになれるわけではないと、オレはよく知っているようです。

ええかっこしいで、ちょっといけてなくても、オレはオリジナルでありたい。
止まってしまうその瞬間まで、オレのオリジナルのビートを刻んでいたいのです。

高望みでしょうかね。