ピジ

なんだかヒザを痛めたようです。
寒さもゆるんできたのに、どうしてだろうって感じです。
壊したところはいつまでも尾を引くなぁって実感させられます。
まだスポーツのやりすぎとかで故障箇所のない人はそれを維持されることを祈ります。
冬になって寒さがきつくなると、あちこちにガタがきていることを思い知らされることなど、ないにこしたことはないです。

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指輪物語・二つの塔。
まだ観てません。
前売り券を買っているのにもかかわらず未見なのです。
評判もかなり良いようですし、すぐにでも行きたいのは山々なんですが。
時間がないです。
原作のあのシーンやこのシーンがどうなっているのか、かなり気になっています。
オレの周りにもいるオヤジ世代が前作で何を期待したか分かりませんが、ドラクエとかウィザードリィに興味のない人がこの映画に興味を持てるかと問われれば難しいと言わざるをえないのです。
結局、この手のファンタジーっていうのは入り込めなきゃ楽しいわけがないのです。
ドラゴンと戦うのがどれだけ恐ろしく、勝利した時の喜びがどれほどのものなのか、そういう感覚を持っていないとツライ種類の映画だと思います。
話題につられて観にいきそうな方は、自分がどんなタイプかもう1度振り返らないと、映画代をドブに捨てたと感じるかもしれません。
オレは原作ファンとして、ひたすらに感動してくるつもりですが。

小学生の卒業式。
暖冬の影響で妙に暖かくて、もう桜が咲いてました。
花冷えのお陰か中学入学の頃まで花は咲き誇り、妙に嬉しかった記憶があります。
他にも10月生まれのオレの10歳の誕生日に10輪の朝顔が花をつけてくれたりなんてこともありました。
幼い頃は花に色々としてもらっていた気がします。
大人になったこれからもきっとお世話になるでしょうが、それに対して少しでも何か応えられたらいいなぁと思う今日この頃です。
そんな思いを込めて、少し早いですがTOPの変更です。
卒業を迎えられる学生の皆様、飛翔の春となることを祈っています。

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ザックリ嵐に遭いました。
久々に靴の中まで濡れるという感覚を味わいました。
なんだか小学生の頃を思い出しながら、じゃぶじゃぶと水溜りを歩く20代のオヤジ。
これだけ降ると、とてもじゃないけどSTINGな気分じゃないですね。

常連客

店に馴染まない客は常連としては失格。
そして、常連客が店のルールを作り上げるのは、根本的に間違っている。
好きな店があったけど、おそらくその店にはこれから先1人では近づくことはないと思う。
理由は店のスタッフの交代とか店側によるものではなくて、居ついている常連客の品格の低下あるいは品のない常連客の増加によるもの。
下ネタが悪いとかそういうことじゃなくて、一見客が入ってきたにもかかわらず、常連客しかいない時と変わらない、よく言えば客と店の境のない雰囲気、悪く言えば馴れ合いだらだらの雰囲気で酒を飲んでるのが品がない常連客だと考えてもらえるとありがたい。
店側に問題がないかと聞かれれば、そういった客に対して注意のひとつもできない点にはひどくガッカリさせられたと答える。
ただそういう客をターゲットにして営業しているといわれれば仕方がない。
そうやって友達同士でおままごとがしたいなら止めはしないけど、オレは参加するつもりはない。
もちろん、過去の過ごしやすかった頃を振り返って、「昔は良かった」なんて言いながら同じ場所でグラスを傾けるなんてことはオレの頭にはない。
常連同士や常連と店との間でのローカルルールをつくるのは構わないけど、それを一見客にまで押し付けるのはどうかと思うわけ。
例えば一見客であってもスタッフと話がしたかったりするわけで、それを常連客だけが独占しているようじゃ新しい客は付かないよってコト。
結果として店側に不利益を出すような行為をしている常連が居つくような店に、オレは金を落とす気にもならなけりゃ、大事な友達を連れて行く気にもならない。
これってどんな店にも通用するし、BBSとかネット上のコミュニティにも同じことが言えるよね。

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殺人者や暴力を肯定するわけじゃない、ましてや殺人を許すことなどできるわけもない。
ただ、殺人者は殺すことの痛みを知っている。
殺されることの痛みは知らなくても、多少なりとも感じることはできるはず。
痛みを知るものは必要以上に痛みを与えたりはしない。
それが大人になるということ。
恐ろしいのは無知、そして幼さゆえの残虐性。
痛みを知ることの大切さはそこにある。
成長のない痛みは憎悪と虚無しか生み出すことはできない。

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目の不自由な女性の確定申告受付拒否。
業界自体に驕りがあると思いますわ。
いつまでも殿様商売をやってられるわけもないのに、まだまだ安泰だと勘違いしている。
人間的に成熟している税理士が少ないというのが、今回のような事態を招いたんでしょう。
先生と呼ばれていい気になってないで、そろそろ水でも被って目を覚ました方がいいと思います。
中国に行けば、だれでも先生って呼ばれるんだから。
いつになったら気づくんだろうね、あの業界の有象無象たちって。

肉体労働系のオヤジのあふれる定食屋でも、ネクタイ着用でなければ入れないようなレストランでも、食事を楽しめなければダメだと思います。
同じように食事するではなく、場所や他の客に合わせて話し方や立ち振る舞いも考えられなきゃ大人の楽しみ方とは言えないでしょう。
すべてを自然体で行い、それでいて周囲に気を遣うことができたら、きっとその人はとても美しい。
雑多な汚い店でチンピラじみたしゃべりと行動をし、気心の知れた仲間たちとだけ笑いあう。
そんな楽しみ方しか知らなかったオレの転機は、スーツ・ネクタイ着用でのフレンチレストラン。
あまり好きではないスーツに身を包み、慣れない言葉遣いで周囲のちょっといい暮らしをしてそうな坊ちゃん嬢ちゃんと話をするうちに、シンプルな答えが見えてきた。
無理をして自分を偽ればすぐにボロが出る。
かといって普段どおりで行動するのは失礼にあたる。
大切なのは場の雰囲気を読むこと。
その雰囲気で許される範囲内でなら自分を偽る必要などない。
自然体で楽しむというのはそういうこと。
初めてそれを感じてから5年超を数えて、オレ自身はサラリとそれができるのは間違いないですが、それをちゃんとやるかどうかは場の雰囲気と相手次第というのが、天邪鬼の本領発揮というトコでしょうかね。
ただ、頭の弱い学生の転がるチェーン居酒屋と、気取りすぎた勘違いカップルのあふれるバーには入ることすらためらわれるのはナイショ。

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久々にビョークのデビューアルバムを聴いてました。
ご存知の方も多いかと思いますが、彼女はソロ以前にいくつかバンドを結成してました。
中でもソロデビュー前の最後のバンドとなった「Sugur Cubes」は個人的にはツボのバンドだったわけです。
ヴォーカルはビョークだけじゃなくて、アイナーというもう1人の男性ヴォーカルを立てるというツインヴォーカルで、まったく異質な声を持つ2人の絡みが魅力的でした。
ファーストアルバムでは、画家とか詩人が集まったバンドということで勢いだけでぐいぐいと引き込まれる感触で、あっという間に惚れ込んだんですが、セカンド以降は個人的には聴くに堪えないバンドになってました。
魅力であった「変態的」な勢いが消え、パンクスに通じるものがなりを潜めてしまう。
2人のヴォーカルの質に格差が目立ち、魅力的だった絡みはビョークがアイナーを一方的に食う形に変わってしまう。
3枚のアルバムを残して「Sugur Cubes」が解散したときに正直なところホッとしました。
どんどん凄みを増すビョークに比べて、デビュー時と変わらないアイナーが痛々しくて、聴いていられなかったのです。
なんというのか成長は大切だけど、バンドという枠の中にいる以上均衡を保っていられないと、急成長を遂げる当人も、成長できない周囲も辛いものがあるんだなぁと感じました。
ビョーク聴いてたら、アイナーはどこに行っちゃったんだろうって思ったわけです。

鼓膜

もう破れるのが癖になっているようです。
実は鼓膜ってなくても聴力にはほとんど変化はありません。
鼓膜があることで変わるのは音がキレイに聴こえるかどうかってだけのことです。
本当に重要な役目というのは中耳に傷をつけたりするのを防ぐとかそちらの方だと思います。
ちなみに破れた痛み自体は、耳に強く触らなきゃ大したことはないです。
「耳垂れが出た途端に、今まで大声で泣いていた赤ん坊が静かな寝息をたてて眠る」という例もあるように、鼓膜はデリケートな膜なので破れるまではひどい痛みを伴いますが、破れてしまえば何てことはありません。
ただ、個人的にイチバン困るのが発熱です。
中耳炎にはなったことがないので知る術はありませんが、多分それと同じように鼓膜が破れた後は半日くらい40度近い高熱が続きます。
カラダが動かないくらいに熱が上がってヤバイです。

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昨日はなぜだか元町にいました。
そう、チャーミングセール初日です。
マダムとギャルであふれかえる、半年に1度の戦慄の火曜日です。
特に見るものがあるわけでもなく、CYRILLUSのジャケットを羽織ってみたり、シルバーオオノで銀製品を眺めてみたり、とにかく冷やかしちっくな動きしかしてませんでしたけど。
何ていうのか、全盛期の土日を彷彿とさせる人手を見ました。
普段からこういう状況だったあの頃はもう戻らないんだろうなぁとしみじみ考えちゃったりしながら、フィッシャーマンズ・ワーフで早めのランチを楽しんでみたり。
地下鉄が開通すれば、また元の賑わいを見せる・・・かどうかは微妙な感じですな。

論法

売春を悪し様に言う時は、人身売買とか臓器売買に絡めてカラダを売るってのはそういう重いことだと言う。
臓器売買を軽く言う時は、売春に絡めて売ったところで何が変わるって訳じゃないなどと言う。
オレは他人に使うのは必ず前者で、自分に使うのは後者だと決めているようだ。
自虐癖があるのかもしれないし、他人だけはと望むポーズの好きな偽善者なのかもしれない。
同じものを並べて語るのに聞えてくるものが違うのは、要は言い回しとか解釈次第なんだと思う。
話し上手がホントに怖いと実感するのはそんな時だ。
話し上手であれば、都合の悪いところをぼかして都合のいい話だけを強調することができるから。
下手に向かい合えば、自分の弱点を露呈してさらに弱みにつけこまれかねない。

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ベルナール・ロワゾー氏の自殺。
料理好きなら目指してみたい、彼のような伝統の破壊と自己流の確立。
いずれ1度は味わってみたい料理の作り手だっただけに残念です。
原因はご自身にしか分からないことではありますが、「星をつける側はいい気なものだ」という同僚シェフの言葉には感じるものがあります。
いつの日かラ・コート・ドールに赴き、かの「水の料理」と称された彼の残した味を堪能させていただきたいと思います。
ご冥福をお祈りします。

ジャケット

コットン素材の3つボタンジャケットが並んでいた。
今年もストリート系かこの小奇麗めのジャケットが、春先の定番トップスになるのかなぁと思いつつショップを色々見て回る。
シャツを薄手のニットのインに着て、ザックリとジャケットを合わせるのも悪くないかも。
シックなカラーのTシャツをレイヤードで着て、上にジャケットを羽織るというラフな着こなしも面白そう。
買っちゃおうかなぁ~と思って気づいた。
オレってば3年前からアニエスの似たような質感のジャケット着てたっけか。
春先から秋まで使いまわせるコットンとか麻混のジャケットは、ちょっと洒落たお店でも気負い過ぎない感じがしてステキです。
おにいさん、おねいさん問わず試してみて欲しいアイテム。
新生活を始める方々は気分も新たにワードローブに加えてもらうと面白そうな雰囲気。
ストリート系アメリカンカジュアルから離れてみるのもたまには悪くはないよ。

ノワール小説

暴力的で救われない世界。
そこには超人的なヒーローもいないし、心の清い傍観者も存在しない。
救いようのない空気に読み手は入り込むことを拒むかもしれないけど、オレにとってはこちらの小説群の方が感情移入しやすい。
より現実社会に近いから。
圧倒的な暴力描写と決してハッピーエンドではあり得ない内容が、なぜだかよりオレを惹きつける。
現実はより残酷で、夢物語ほど幸せな結末は訪れない。
書き手は読み手より、より深くその事実を知っている。
破滅の美学なんてものは存在しない、滅びていくものは常に醜く救われないってことを。

ねこの日

昨日は同期のヤツらと飲むことに。
横浜の韓国料理屋で飲んでたんですが、なんだか違和感がありあり。
なんつーのか、ぬるいよなぁって感じ。
馴れ合いの関係っていうのかな。
職場のメンツで飲むことなんてオレはほぼ皆無で普通の雰囲気が分からないから、これが普通の感じなのかもしれないけど。
yasuが前に言ってたタメがつまらないという言葉が、なんだか実感として理解できた。
年上なはずの同期が妙に子供っぽく、薄っぺらく見えてなんだか居心地が悪かった。
本音が見えないというのがここまで居心地が悪いなんて、本音で語り合える仲間たちとの飲みばかりを楽しんでいたせいで忘れてしまっていた。
帰りがけに顔だけ出したバーで顔を合わせた常連客やスタッフにホッと一息。
こいつらとは毒づきもするし、殴り合いもする、でも心の底で思いやってるのは知っている。
知っているからこそ、本音を包み隠さずにぶつかり合える。
こっちの方がオレが近くにいて安心するタイプなんだなって安心。
本音の見えるこの人たちとまた酒を酌み交わしたいと思いつつ、昨夜は顔を見せただけで帰路についた。
ぬるいのは悪いことじゃない。
でもオレにはそういう飲み方とか付き合い方って難しい、それだけは間違いない。

花束

久しぶりに花を手にした。
決して大きなものではないけど、新しい旅立ちを彩るのには身軽な方が相応しい。
なぜだか彼には黄色をベースにした花束を贈りたくなった。
花言葉でも知っていれば気の利いた花のチョイスも出来るんだろうけど、そんな洒落たものは知らないので、彼から受ける明るいイメージだけで黄色い花束を選んでいた。
選んだというよりは、気づけば手にしていたと表現する方が近かったかもしれない。
花束を携えてバーへ向かう道すがら、カラオケ帰りと思しき女の子たちとすれ違う。
最近じゃ花束を抱えるオトコは珍しいのか、突き刺さるような視線を感じる。
「カッコつけすぎって感じがするけど、なんかいいよね、花束って」
耳に飛び込んできた言葉が妙に心地良かった。
冷たい風を背中に受け、バーに向かう足を少し速めた。

喧嘩

殴り合えるのはお互いを尊重しているからこそ。
殴る価値すらないのは、人間として認められていないに近いと思います。
人口とかの数値上では人間として認めるんだけど、別にいなくなっても問題がないくらいに関わり合いたくない存在と言いますか。
影が薄くても殴ってやりたくなる相手はいますし、逆にすぐ傍にいても殴りたいという気持ちの沸かない相手もいるので、存在感とは違うんですけどね。
何て言ったらいいのか、友達とか同僚という括りではなくて「その人」として自分の中に存在するヤツに対しては、多かれ少なかれ愛とか憎とかいった感情があって、いつか喧嘩をしてみたいという歪んだ感情がオレの中にはあるのです。

***

自分自身。
酔い潰れたとしても自分のことはほとんどしゃべらないらしい。
「特殊部隊にでもいたんですか?」っていうのは最近バーで知り合ったひとの弁。
当然そんなはずなどなく、自分の殻を自分で破るような気持ちにさせる相手がたまたま少ないってだけのこと。
だから殻を破るような一言を告げられれば、わりと自分のことだってしゃべるしね。
別に過去の自分を知らない、記憶喪失者とかいうわけじゃないからね。

別離

明日で近所のバーを上がるヤツがいます。
出会ってから半年、ホントに美味いメシをご馳走になり、楽しいギターを聴かせてもらいました。
おそらく、辞めてしまってからしばらくは会うこともなくなってしまうでしょうけど、彼の料理センスの高さとか笑える閉店後のライブを忘れる日はないでしょう。
いつも思うことですが、楽しい酒と時間を共有できるバーテンダーと出会えたコトはとても嬉しいです。
そして、こうやって新しい目標に向かっていく彼の背中を見送ることが出来るコトも嬉しいことだと思います。
なんだか、William Makapeace Thackerayという英国作家の言葉を思い出しました。
奥深くて難しい言葉ですし、ここまで重い別れでもないんですが、この言葉に近い感覚が心の中にあります。
「愛してその人を得ることは最上である、愛してその人を失う事はその次に良い」

受話器越し

揺れる携帯。
夜中にかかってくる電話。
夜かかってくる電話はキライだった。
顔の見えない相手と話すのは苦手だし、何より眠りを妨げられるのがキライだった。
でも液晶部分に浮かぶ番号を見て、思わず口元が緩む。
不思議な気持ちがあるもんだなと思う。
こんな気持ちになる相手とはそれまで出会えずにいたから。
酔って自分の気持ちを包み隠さずにぶつけてくる彼女の声が好きだった。
「オレはこの娘にべた惚れなんだな」と彼女の言葉を笑って受け流しながら思ってた。
今すぐにでも抱きしめて、そして彼女があきれるくらいに何度も唇を重ねたいって。
これから先もずっとその気持ちは変わらないだろうって、受話器越しに彼女の声を聴く度に思う。

だからキスしよう、愛してる。

Creative

創造。
先人たちの創りあげた物を良い部分を残しつつ破壊し、新たな物を築いていくのがクリエイター。
過程では間違いも許されるけど、結果を残せなくてはすべてが泡となる。
言うなれば戦場であり、生半可な気持ちでそこに立つということは即ち死につながる。
必要最低限でも武装と訓練を積まないで戦場に立たせてもらえると思ってはいけない。
それは決してひよっこを思いやってるわけじゃない。
無能な味方をかばって自分たちの歩みを止めることを望まないだけだから。
やる気のないように見えるヤツらの本当の実力と陰での努力を見抜けないで、とりあえずプロフェッショナルを目指すなんて言ってるヤツは先人には決して追いつけない。

破壊。
それを知っている人間は「創り手」となる難しさも楽しさも、知らない人間よりも深く理解できるはず。
破壊することしか知らなかった人間は、自分の創ったものに対する賛辞や笑顔をより強く心に刻むから。
負の感情を強く持つ人間は、正の感情の脆さも儚さもよく知ってる。
光と影は表裏一体だけど、影の側からしか見えない細かな亀裂やほころびはきっとある。
大切なのは陽の当たる道だけを歩くことではなく、影の側からもその道を見ること。
マイナス面にもプラス要素は其処彼処に転がっている。
つくりかけた砂山をいったん壊して、新しい砂山への糧にするのも時には大切。
破壊することはマイナスにしかなりえないわけじゃない。
誰も傷つけないとか衝突は避けようとか、ぬるい台詞はもうやめにしよう。
潰し合いの中でしか見出せない物だってあるんだからね。

アメちゃん

昨日は雨の中を元町まで遊びに行ってきました。
宣言通りの茶系のカジュアルジャケットを羽織って、黒のシャツをノータイで。
足元はブラックジーンズにチャッカーブーツ、寒すぎるのでロングコートも忘れずに。
超個人的ヨーロッパ旅行スタイル。
なんだか横浜元町って欧州ちっくな香りがする場所があったりするのですよ。
ちなみにマイハニーは同じくジーンズにシャツとジャケット、普段のだらだらとはうって変わって化粧もバッチリで惚れ直しました。(のろけ)
雨ということで人手があるはずもなく、のんびりとデートを楽しめました。
随分店舗が変わっちゃってるうえに新しくオープンした店が妙に明るかったりして、元町のあの垢抜けなさが失われつつあるようで寂しかったです。
んで川沿いの通りに入って、久々にベーグルをぱくついてみたり。
今は日本からは撤退したスペインブランド「プル&ベア元町店」店長の赤道ちゃんお勧めのお店だけあって、お洒落で過ごしやすいのがステキなカフェなのです。
なんか欧州のカフェでこんな風にまったりしたいなぁと思ったのはナイショ。
雨が強くなっちゃったんで、結局はみなとみらいに避難しちゃったんですけど、なんだか雨の元町と中華街ってホントに異国の雰囲気が漂っててステキでした。
たまには雨ってのも悪くはないな。