カンパネルラとジョバンニ

叶うことのなかった6度目の宴は、別の場所で行われました。
弟分のたっての願いで顔を出しましたが、温かいグダグダな雰囲気はスタッフがカウンターの中にいようがいまいが変わらないものだなと、実に妙な感心をしてみたり。
最終日にすら顔を出さなかったオレの足を動かしたのは同い年の店長の存在ではなくて…、ちょっと歳の離れた妹分の顔を見たかったからに違いありません。
彼女の首に託した唐草の意味、彼女がもう少し成長したときに感じ取ってくれたら嬉しいなと思います。
オレの中指をかつて彩ったのと同じ種の模様。
かつてのオレが知ったように、彼女の心にも少しばかりの明かりが灯れば嬉しいなと思います。

とりあえず、この感情を忘れないうちに銀河鉄道の夜を読み返したい気分です。

見えないよ

あれから十五年の歳月が流れてみて…。
心の根底に溜まった澱はいつしか礎となって、今日のオレを形作りました。
結局のところこの歳月の中で心を開ける相手はそうそう見つかることもなく、自分の傷口が癒えることすら望めずに、固まりかけた瘡蓋を掻き毟っては血を撒き散らす繰り返しでした。
その血の香りに惹かれてやって来た、同じような歪みや澱みを持つ相手にさえ、さらなる深みを開け広げることは出来ませんでした。

「見ている世界を一緒に見ることが出来ないのか?」と問われてみて、何を求めているのかに気づきましたが、オレと同じ世界はなかなか見ることが出来ないらしくて…。
オレ自身、もう2度と見たいとは望みませんしね。
「見えないよ。あの日のオレと同じ位置に堕ちてみなきゃ」

変革

随分と久しぶりにドヤを歩いてみて感じたのは、無理やりなイメージアップと改築が進んでいるという事実。
入り込んでいた人間なら誰もが知ってる暗部を、厚化粧で塗り固めて覆い隠そうとしている、そんな印象を受けました。
半ば諦めに似た感情とともに堆積している人間は、あの街に限らず数多いです。

「人間は変われる」と誰かが言っていた気がしますが、その諦めや負け犬ムードといった本質を捻じ曲げるのは神や悪魔の仕業に近いはずです。
万が一変われるとしたら、本人の意識や周囲の差し伸べる手、その周囲のタイミングも含めて、全てが合致した結果なのだと思います。
街のイメージアップがその一端になるのかもしれませんが、オレには本質を無視した無理やりな改革に思えて仕方がなかったのです。
生きることに夢を見なくなった相手と向かい合うのは、薬物中毒者と向かい合うのに似ています。
自らの常識が全ての場所で通用するなんて甘い意識を捨てられなかったら、そこに入り込むことに意味などありません。

繋片

欠けていたパズルのピースが埋まるように、ゆっくりとですが確実に会いたい人に再会できています。
懐かしい思いでの再会もありますし、再会自体が気まずいようなものもありますが、顔を合わせることが苦痛となるようなことはありません。
顔を合わせていたときの気持ちを失っていなかった、ただその点において嬉しさを禁じえません。

ただ、残念なことに全てのピースが現存するわけではなく、オレが生きている限りは埋まらない部分も多々あるわけなんですが…。
このパズルの完成さえ見られたら他に望むべく物はないかもしれません。

「オレは此処にいたよ」
誰かの言葉が今も耳に響いています。

今年もその場所でオレはきっと微笑むでしょう。
間違っても泣いたりなんかしません。

当然

オレの描くすごい人は、超人ではありません。
ごく当たり前のことを当たり前にやる人のことです。
ただ、その当たり前のことの精度や積み重ねが、明らかに周囲を凌駕しているというだけで。
普通の人がセンチ単位の調整をするなら、彼らはミリ単位の調整をするってだけで。
誰もが出来ることを誰よりも深くやるってだけで。
やれることをやろうとしないのは、楽したがりで欲深い人間の性ではありますが、これを乗り越えてこそ、もしくはそこに深く潜り込んでこそ新しい発見や向上が見出せるんじゃないかなと、今も思っていたりします。
それが正しいかどうかは分かりませんが、オレの描くすごい人ってのはそういう人のことです。

創意

オレが創作するのは、創作物にオレの記憶が少しでも残ればなという意図によるものです。
自分がつくったものを誰かが見て、オレを思い出してくれたら幸せだなと。
それが酒をサーブしていた頃から少しも変わることのない、「つくる」理由です。

つくることに没頭しながら、いつかの彼らの呟きを反芻します。

「怖いのは死ぬことじゃなくて死んだ後にみんなが自分のことを忘れてしまうこと」
だから、オレは忘れません。
そしてオレの紡ぐ記憶を創作物を介して誰かと共有することで、オレがいなくなった後でもきっと彼らを忘却の彼方に流してしまうことはありません。

しっかりと根を生やしていると信じています。
彼らの紡いだ記憶は。
彼らのつないだ言葉は。

心揺

心が揺れるのは感動した瞬間。
感情の起伏の少ないオレには、周りよりもさらに稀有な瞬間なのだろうと思います。
だからこそ、その瞬間に感じた衝撃を忘れたくないと強く望むのかもしれません。
くるくると吹いた旋風に春の名残が巻き上げられるのを見て、ついつい今年もあっという間に初夏がくるんだなとどこか寂しげに思ったりして。
咥えタバコが遠くなってしばらく経ちますが、春を見送るこの季節には馬鹿みたいにチェーンスモークをした夜のことを思い出してしまうようです。

心を揺らすことも涙を流すことも、自分に許せるようになったのはいつの頃か。
答えは、今はもう吸うことも出来なくなったアメリカンスピリッツと、飲むことも少なくなったカミュのグラスの向こうにあるのかもしれません。
「大丈夫、オレはまだ此処にいるよ」

地の塩

オレはクリスチャンではありませんし、それどころか神の存在など信じもしない不信心者ですが、聖書の一節に刻まれたこの言葉は知っています。

きっと、出会ったことでオレは自身があるべき場所を見つけたのだと思います。
あるべき場所を。
あるべき姿を。
オレがオレである理由を。
オレがオレであり続けるための理由を。

ツルバミ

好きな色。
今欲するのはツルバミ色です。
深い深い黒。
立ち向かう強さと何物にも染まらない凛とした気高さ。
そういうものを身につけなくちゃと望みます。

こんな日の目覚めには一切の酸味を否定したマンデリンがよく似合います。
その力強い苦味のみの美味さに惹かれてしまうのは、オレもまた一途だからなのかもしれません。

猫の日

心の中の澱はずっとへばりついたままです。
いくらこすったところで、洗い流すことの出来ないヘドロのような存在。
いつからかそれと過ごす時間を悪いと思わなくなりました。
病んでしまったのか、それとも慣れてしまったのかは分かりませんが。
澱を持たない、ただ若いだけの相手と向かい合うとその脆弱さに驚くとともに、不意に涙が出そうになるくらいの寂しさを覚えてしまうのです。
オレの過ごした殺伐として濃厚なあの時間とは異なる時間に対して、彼らはどれだけの対価を支払ってきたのだろうと思うと妙に寂しくなるのです。
オレの過ごした時間は、人として決して褒められたものではありません。
人道に反しているという言葉も真っ向から否定することは出来ません。
ただ、それでもなお寂しさを覚えてしまうのは、若さが人間としての薄さや浅さに直結してしまっていることを彼ら以上に感じ取ってしまうからなのかもしれません。

受動

待ってます。
いつか自分を突き動かしてくれるものを。
呪縛からはなってくれるものを。
それがかなわないことを知りながら。

それでも待ってます。
それが現実だと知りながら。

新年イヴ

今年も色々とやってきましたわな。
昨年以上に、色んな動きが加速度つけて進んでいきました。
ともあれ、グラスを合わせる音は年明けから年末まで嬉しい響きで、たまに飛び込んでくるメールや電話は心をほっこりさせてくれました。
とにかく、今年もつながりを持てた皆様に感謝。

ありがとうございます。
お会いできた方々に。
メールをいただいた方々に。

来年もまた、シンプルに、気まぐれに、ええかっこしいで行こうと思います。

救えない手

同情なのでしょう、おそらくは。
救いようのない相手に対してなお手を差し伸べようと望むのは…。
しかしながら、そうしているオレは自分の想像以上に残酷なのかもしれません。
ことによると手を差し伸べない人以上に。
それでもなおオレは手を差し伸べようとしてしまうのです。

最後に待つのが自分の裏切りによる、誰かの絶望だったとしても。
最後に待つのが誰かの裏切りによる、自分の絶望だったとしても。

どうしても差し伸べようという意識を振り切ることが出来ません。

救いようのない悪癖。
絶ち難い悪癖。

白い夢

アスファルトに横たわる。
彼の人がそうしたように。
彼の人の香りを思い出しながら。

不味い煙草に火をつける。
紫煙を燻らせながら、何時かの宴を思い出す。
手向けは花より酒が欲しいと彼の人は笑うに決まってる。

その瞬間に彼の人が何を考えていたのか。
今なら少し分かる気がする。

多目

視点は多く持つべきです。
偏った視界では物の姿は見えてきませんし、仮に見えたとしてもそれが全体像なのかどうかを判断することは難しいはずです。
裏面も表と同じ様式ではあり得ないという考えって、実はすごい重要なことなんじゃないかと、最近は頓にそう思うわけです。
多分、自分が正しいとする見え方なんてまずは疑ってかかるべきで、回り回った結果としてそこに戻ってきたときに初めて「正しい」と言えるんじゃないかなと。

少なくともオレは、ただ1つの視点に固執して考えや行動を改められない人に、何かを語ったり断定したりしてほしくはありません。
それが正しいのか正しくないのかは、他の視点からもゆっくりと眺めてみてから判断したいと思います。

今宵もまた不死鳥の名を思い出しつつ、Trick or Treat!!