「兄ちゃん、サングラス、カッコいいな」
突然の言葉に面食らいつつも、カップから目を上げて斜向かいの席に視線をやると、そこにはよく日に焼けたオールバックの男。
黒地にビッシリと刺繍の入ったスカジャンに淡色のスラックスという井出達は、かつて彼がヤンチャしていた時のそれのままだと思われ、人の良さそうな目尻には服装の割りには年を重ねた証拠の深い皺が走る。
この手の輩にはよく声をかけられるので、あまり苦手意識はない。
一言二言を交わして、純粋に会話を楽しんでみる。
彼の言葉に虚飾はなく、時に自嘲の混じった色すらあるが、そこに同情は感じないし同調できる部分もない。
前歯のない彼の言葉は切れが悪く、オレの声と同様に聞き取りづらく、互いに聞き返すことで会話は寸断されるが、そんぐらいの速度感が、仕事前の昂った気持ちを静めるのにはちょうどいい。
「ツレが軍資金稼ぎに打ってるのを待ってんだけどよー。なかなか帰ってこなくってさ」
彼の目の前に置かれたカップに目をやると、そこに満たされていたのは珈琲ではなく薄珈琲色をした水。
おそらくは2杯目を頼む金がなく水を飲んでいるのだろうが、そんなことはどうでもいい。
「バカ勝ちしたらメシでも食わせてくださいよ」
自分のカップが空になったのを合図に、思い切り愛想良くそう言うと、オレは彼の言葉を待たずに席を立つ。
この邂逅に意味などないが、人相の悪いオッサンがお互いを覚えていたらそれだけでも悪くない。
声をかけるどころか目を合わせようともしない周囲の一般客より、お互いの時間を使ってくだらない会話で笑える彼の方がオレとは近しい。
オレや彼が世間的にどんな評価をされていようと、少なくとも互いの言葉を交わしたその瞬間は確実に対等だったと思うわけで…。
先日、兄貴分がオレに語った、「ボロ布のようにたたずむホームレスと自分たちに差がない」って言葉の意味に少し似ているのかもしれない。
自動ドアが開いて、店内に秋の風が流れ込む瞬間にそう思った。
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