a bientot

寒い中、ベンチに座って空を見上げる。
空に星はなく、厚い雲の仏頂面が目に入る。
不意にGBM患者を見舞った時のことを思い出した。

頭を常にフル回転させ続けなければならないオレと違って、聡明な彼にとって頭の中が言葉にならない状態になりつつあるのは耐え難いことなんだろうと思う。
他愛の無い会話のひとつひとつが、ぼんやりとそれでいて確実に合致しづらくなっていく。

近しい人が国替えする時に、オレはその人と過ごした時間あるいはその人が自分の中に存在した時間だけ、自分の中から抜き取られていくように錯覚する。
彼との関係は今がまさにその過程で、彼の命数とオレの記憶との双方がゆっくりと削り取られていく。
可能な限り抗うことで、オレの中から失われるものはさらに大きく深くなるのだろうと思う。
しかしながら、それでいいことをオレは経験によって知っている。
表皮はおろかその深層まで失われ、大きく口を開けた傷口が、記憶の道標になることを知っている。

面会時間の終わりを迎え、再会を誓う「またな」の挨拶に、彼が差し出したのは左手。
オレはその意図を汲み取り、意地悪く笑顔を作ると、左手を右手で握り返す。

オレの畏怖して敬愛する人たちは、去り際までこんなに洒落者だから、オレはちょっとだけ意地の悪い返しをする。

いつか見た光景だと思った。

ありがとう。
いつかまたどこかで。

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white

サクラ

国替えの日。
そこから十数年。
ボクはまだ此処に居る。

blue

蒼い屋根

春の夜。
落下する蒼。
満ちてくる静寂。

梅の香り

春の匂い。
冷たい風。
夕闇の温度。

葡萄酒の日

白葡萄酒

グラスの音。
いつもの音楽。
自分を取り戻す時間。

夕焼けの川

夕焼けの川

冷えた風。
夕闇の少し前。
夜はすぐ其処に。

#8

八重桜

間違えないように
焦らないように
あっという間に過去になる

toast

火酒

乾杯の温度。
10年分の遠回り。
グラスの中で鳴る氷。

a standard

チーズケーキと紅茶

定番。
年を経て研ぎ澄まされる。
懐古であり最新であるもの。

noise

雑音

浮き沈み。
雑念。
不調和の先の融和。

torch

蝋燭

「当たり前を当たり前に
 努力ってそういうもの」
そう言って、彼は笑った。 Details »

only lonely

鏡の中

鏡に弾かれる
刹那
独りだと知る

crossroad

交差点

Where is here.
Have I lost my way?
Time is over. Details »

day tripper

シーリングファン

たまに旅に出たくなる。
出来れば干渉されない場所に。
のんびりと、のんびりと。 Details »

bury

星

稀に記憶力の良さに驚かれる。
不足するがゆえの副産物かも知れない。
でも、そうではないと思ってる。 Details »

wall

バックヤード

5本目のボトルが壁に加わった。
グラスを重ねても酔いはまだこない。
真冬らしい寒さのせいだろうか。 Details »